YOASOBI「群青」の歌詞には、単なる青春や夢追いの物語ではなく、“本当の声”と向き合う葛藤が丁寧に描かれています。
「好きなものを好きだと言う怖さ」「透明な僕から群青へ」という変化には、どんな意味が込められているのでしょうか。
本記事では、楽曲に繰り返し登場する“青”の象徴性や、自信のなさを抱えたまま進む心理構造を深掘りしながら、YOASOBI「群青」の歌詞を徹底考察します。
読み終えたとき、きっとこの曲の聴こえ方が変わるはずです。
YOASOBI「群青」の歌詞が描く“本当の声”とは何か――隠された自己との対話を読み解く
YOASOBI「群青」の歌詞考察で最も重要になるのが、繰り返し登場する「本当の声」という言葉です。
この楽曲は青春や夢をテーマにしていると語られることが多いですが、物語の出発点は希望ではなく、抑え込まれた感情との静かな対峙にあります。
冒頭では、退屈な日常が淡々と描かれます。
「過ぎる日々にあくびが出る」
「渋谷の街に朝が降る」
ここで描かれるのは、刺激的でも劇的でもない“なんとなく続く毎日”です。しかし注目すべきなのは、その後に続く心の声です。
「どこか虚しいような そんな気持ち」
この虚しさの正体は何でしょうか。
単に毎日が退屈だからではありません。
むしろ本質は、自分の内側にある衝動を見ないようにしている状態にあります。
その象徴がhookのフレーズです。
「知らず知らず隠してた 本当の声を響かせてよ」
ここで言う“本当の声”とは、単なる願望ではありません。
他人に合わせるうちに小さくなっていった自己、否定されることを恐れて奥に押し込めた感情、そして「やってみたい」と思った瞬間に自ら打ち消してしまった衝動――そうしたものの総称だと考えられます。
人は意識的に夢を諦めるよりも、無意識のうちに可能性を縮めていきます。「どうせ無理」「自分には向いていない」と結論づけることで、傷つく未来を回避しようとするのです。
つまり、
本当の声=未完の衝動
隠す=傷つかないための防衛
虚しさ=本音を無視した代償
響かせる=自己承認の第一歩
群青=揺れ動く心の深層色
この構造こそが、「群青」の核となっています。
さらに注目したいのは、「見ないフリしていても 確かにそこにある」という一節です。ここでは“消えない存在”が強調されています。本当の声は消滅しません。押し込められても、形を変えて心の奥に残り続けます。そして、ふとした瞬間に違和感や焦燥感として表面化するのです。
だからこそ、この楽曲は単なる応援歌ではありません。「夢を追え」と強く背中を押すのではなく、「あなたの中にすでにあるものを無視しないでほしい」と語りかけているのです。
重要なのは、まだ行動していない段階の心理です。挑戦の前にある葛藤。声を出す前の沈黙。群青が描くのは、まさにその“動き出す直前の心”です。
この楽曲において最大の転機は成功ではなく、本当の声を認識した瞬間にあります。
それは派手な革命ではなく、小さな自己肯定の芽生えです。
「群青」の歌詞考察を深めるなら、まずはこの“隠された自己との対話”を理解することが欠かせません。ここを読み解くことで、後半に描かれる決意や光の意味がより立体的に見えてきます。
「好きなものを好きだと言う怖さ」から読み解く群青の核心メッセージ
YOASOBI「群青」の歌詞考察において、最も胸を打つ一節が
「好きなものを好きだと言う 怖くて仕方ないけど」
というフレーズです。
この言葉は一見シンプルですが、実はこの楽曲全体のテーマを凝縮しています。
なぜ「好き」と言うことが怖いのでしょうか。
一般的には、否定される恐れや周囲との違いが理由だと考えられます。しかし「群青」が描いている怖さは、もっと内面的なものです。それは――好きだと認めた瞬間、自分の人生が動き出してしまう怖さです。
好きだと言うことは、責任を引き受けることでもあります。
本気になるということは、結果と向き合う覚悟を持つこと。うまくいかなかったときの痛みも、自分で受け止めなければなりません。
歌詞の中では、その葛藤が段階的に描かれています。
「手を伸ばせば伸ばすほどに 遠くへゆく」
「思うようにいかない今日も また慌ただしくもがいてる」
ここには理想と現実の距離があります。努力すればするほど、自分の未熟さが浮き彫りになる。だからこそ、
「踏み込むほど 苦しくなる 痛くもなる」
という言葉が生まれます。
つまりこの楽曲は、「好き=楽しい」という単純な図式を否定しています。
むしろ逆です。好きだからこそ苦しい。好きだからこそ悔しい。そのリアルな感情が丁寧に描かれているのです。
ここで整理すると、
好き=覚悟の始まり
挑戦=自己との対話
痛み=本気の証拠
不安=成長の途中段階
続ける=自分を選び続ける行為
そしてbridgeで語られる、
「自信がないから描いてきたんだよ」
という一節が、核心をさらに深めます。
多くの人は「自信がついたら挑戦する」と考えます。しかしこの歌詞は真逆の構造です。自信がないからこそ描き続ける。自信がないからこそ積み重ねる。
ここに、「群青」の強さがあります。
自信は最初から存在するものではなく、行動の後にしか生まれません。だから主人公は何枚も描き、何回も挑みます。それは才能の証明ではなく、不安と向き合う姿勢そのものです。
さらに重要なのが、「本当にできる 不安になるけど」というフレーズです。ここには“完全な確信”はありません。不安は消えていません。それでも進むという選択が描かれています。
この曖昧さこそがリアルです。
完璧なヒーローではなく、迷いながらも選び続ける一人の人間の姿。それが「群青」の本質です。
「好き」と言う怖さは消えません。
しかし、その怖さを抱えたまま進む姿こそが、この楽曲が伝えたいメッセージなのです。
なぜタイトルは「群青」なのか?青い世界と青い光に込められた本当の意味
YOASOBI「群青」の歌詞考察をする上で、避けて通れないのがタイトルそのものの意味です。なぜ“青”ではなく“群青”なのか。この違いにこそ、楽曲の核心が隠されています。
群青とは、ただの青ではありません。
深く、濃く、時に重たささえ感じさせる青。鮮やかなスカイブルーとは異なり、どこか影や静けさを含んだ色です。
歌詞の中には「青い世界」「青い誓い」「青い光」という表現が繰り返し登場します。これらは単なる希望の象徴ではありません。むしろ、未完成なままでも進もうとする決意の色だと解釈できます。
特に重要なのが、
「もう今はあの日の透明な僕じゃない」
という一節です。
ここで描かれる“透明な僕”とは何でしょうか。
透明とは、色がない状態。つまり、周囲に溶け込み、自分の輪郭を持たない存在とも言えます。否定されない代わりに、強い主張もない。安全ですが、個性も曖昧です。
そこから“群青”へと変化する過程が、この楽曲の物語です。
群青は、完成された鮮やかさではありません。
迷い、痛み、不安を重ねた結果としてにじみ出る深い色です。
ここで整理すると、
透明=無難で安全な自分
青=憧れや理想の象徴
群青=葛藤を経た自己の色
光=自分で見つけた意味
色を持つ=生き方を選ぶこと
「朝も夜も走り続け 見つけ出した青い光」というフレーズからは、外から与えられた成功ではなく、自分の中で見つけた納得感が読み取れます。
群青は、派手な勝利の色ではありません。
それは、自信がなくても歩き続けた人だけが持てる色です。
さらに注目すべきなのは、楽曲の最後でも「本当の声を響かせてよ」と繰り返されている点です。物語は“完璧な到達”で終わっていません。成長した今でも、声を響かせ続ける必要があると示しています。
つまり群青とは、ゴールではなく状態です。
迷いながらも、自分の色で生きると決めた現在進行形の姿。
この楽曲が多くの人の心に刺さる理由はここにあります。
完全無欠の成功譚ではなく、不安を抱えたままでも価値があると肯定しているからです。
YOASOBI「群青」は、夢の輝きだけを描いた歌ではありません。
傷つき、悩み、それでもなお色を選び取った人間の物語です。
そしてその色こそが――
他の誰でもない、自分にしか出せない“群青”なのです。
YOASOBI「群青」歌詞の意味を考察|青い光に込められた本当のメッセージまとめ
YOASOBI「群青」は、夢を叶える物語ではなく、“本当の声を認めるまでの心の変化”を描いた楽曲です。好きと言う怖さ、不安を抱えながら続ける努力、透明だった自分が群青へと変わる過程。
そのすべてが、未完成なままでも価値があるというメッセージにつながっています。
群青とは完成の色ではなく、葛藤を重ねた末ににじみ出る自分だけの色。
だからこそ、この楽曲は今も多くの人の背中を静かに押し続けているのです。

